大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)550号・昭52年(ネ)1250号 判決

一 昭和四八年四月二日に両当事者間において締結された本件契約の成立に至る経緯及びその内容並びに本件契約に基き被控訴人から控訴人に対し権利金八〇万円のほか同年四月から九月までローヤルテイー金三〇万円(月額金五万円宛)が支払われた事実に関する当裁判所の認定及び判断は、原判決の理由一、二と同一であるから、ここにこれを引用する。

二 いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、第四号証ないし第一二号証、原審証人長沼宗裕の証言、原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果並びに原審における控訴人本人尋問の結果(但し、後記措信し難い部分を除く。)によれば、

(イ) 控訴人は、本件特許発明の方法によれば各種の合成樹脂、金属、木、陶器等の素材に対し金属鍍金が迅速かつ低コストで可能になる旨広告、宣伝していたが、昭和四八年二月頃、これを伝え聞いた被控訴人代表者は、人天蓋の素材であるハイ・インパクト・スチロール(低発泡スチロール。合成樹脂の一種。)に対しても本件特許発明の方法による鍍金が可能ではないかと考え、控訴人方に赴き、以来数回にわたる交渉の結果、本件契約を締結したものであること、

(ロ) 本件契約の締結に至る右交渉過程において、被控訴人代表者は控訴人に対し、ハイ・インパクト・スチロールは熱と酸に弱いため鍍金が困難であり、従来、専門技術を有する業者にその下請をさせてきたが、従来技術では、なお、長年月の使用により鍍金皮膜の剥離が生じやすいという欠点が残ること等を説明したうえ、本件特許発明がハイ・インパクト・スチロールに対し有効に実施できるか否か、またその実施をするために高度の技術や多額の設備投資を要するか否かを確認したところ、控訴人は、本件特許発明がきわめて優れたものであつて、あらゆる素材に鍍金をすることができ、ハイ・インパクト・スチロールに対しても直ちに実施することが可能であり、しかもその技術の習得は容易であつて、設備投資も少額で済むとの回答をしていたこと、

(ハ) 控訴人は、同年二月下旬頃、被控訴人からハイ・インパクト・スチロールのテストピースの送付を受け、これを使用して本件特許発明の方法による鍍金試験をしたが、満足すべき結果は得られず、本件契約締結当時においても、本件特許発明をハイ・インパクト・スチロールに実施するのに必要不可欠な接着剤を未だ選定できていなかつたことから、適切な接着剤の選定ないし研究開発が困難であり、人天蓋の製作に本件特許発明を直ちに実施することはきわめて難しいことを認識しえたにもかかわらず、被控訴人代表者に対し、従前と同様、直ちに実施が可能である旨話したため、被控訴人代表者は、これを信じて、本件特許発明及びそれに関連するノウハウの技術指導を受け、機械器具、薬品等の物的設備を準備すれば、直ちに実施ができるものと考え、本件契約を締結したのであり、控訴人も被控訴人代表者が本件契約を締結するに至つた右のような動機及び本件契約の目的を十分知つていたこと、

(ニ) 被控訴人は、控訴人の指示に従つて、鍍金処理工場を造るための床工事、水道工事を含む建物改装工事をしたほか、機械器具、薬品等を購入し、また、控訴人から基本的なノウハウの開示を受けたが、ノウハウのうち最も重要な接着剤については、同年五月、「ノガワケミカル八八八番」なる接着剤の使用を指示され、これにより実施をすべく試験及び調査をしたところ、右の接着剤によつては、ハイ・インパクト・スチロールに対し完全な鍍金処理はできず、使用不能であることが判明したため、控訴人に対し、適切な接着剤を教授して欲しい旨度々依頼し、文書による応答が続けられたものの、結局、控訴人からは接着剤に関し誠意のある回答が得られなかつたこと、

(ホ) 控訴人は、同年七月頃、「住友スリー・エム四六九三」及び「アドフエーシブ・エス」なる接着剤がハイ・インパクト・スチロールに対し使用可能ではないかと考えたが、これらによつても未だ完全な鍍金処理をすることは困難であつて、被控訴人に対し、接着剤を具体的に教授することができず、その後もこれを選定しえなかつたため、遂に本件特許発明を人天蓋の製作に実施させることはできなかつたこと、

以上の事実を認めることができ、原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照し、たやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によれば、当裁判所も、原判決がその理由三(但し、原判決一二枚目裏第一〇行目ないし一三枚目裏第四行目までの部分)において説示するとおり、本件契約は要素の錯誤により無効であつて、控訴人は被控訴人から受領した権利金及びローヤルテイー合計金一一〇万円を返還すべき義務があると判断するものであり、原判決の右説示部分をここに引用する。

三 ところで、前記二において認定した事実関係に徴すると、本件契約の締結当時、控訴人は、ハイ・インパクト・スチロールの表面に塗布すべき適切な接着剤を未だ選定することができていなかつたから、当事者間において了解されていた本件契約の目的、すなわち、本件特許発明を人天蓋の製作に直ちに実施することは達成できないことを知つていたものであり、仮りに、接着剤の選定ないし開発の可能性があると考えていたとしても、それがきわめて困難であることを本件特許発明の特許権者として十分認識していたはずであることは、その後の経緯からみても明らかである。右のとおり、控訴人は、本件契約の締結当時、本件特許発明を人天蓋の製作に直ちに実施するという本件契約の目的としたところを達成できないか、少なくともそれを達成することが著しく困難であることを知つていた以上、本件契約が無効であつて、被控訴人から受領した権利金及びローヤルテイーが法律上原因のない利得であることを認識していたものといわざるをえない。したがつて、控訴人は、民法第七〇四条の規定にいわゆる「悪意の受益者」に該当するから、被控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

そして、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一ないし一〇、一二ないし一七、当審における被控訴人代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一八、原審証人長沼宗裕の証言並びに原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人は、控訴人の指示に基き、本件特許発明を人天蓋の製作に実施するために必要なものとして、少なくとも別紙一覧表記載のとおり、機械器具、薬品等を購入し、その代金合計金三六万四、五五〇円を支出し、また鍍金処理工場を造るため水道工事、床工事を含む建物の改装工事を訴外共立工業株式会社に注文し、昭和四八年六月一一日頃、右訴外会社に対し工事代金として金六九万八、〇〇〇円を支払つたことが認められ、したがつて、被控訴人は、本件契約が無効であつたことにより、右認定の各出捐金合計金一〇六万二、五五〇円と同額の損害を豪つたものというべきである。

なお、被控訴人の主張する損害のうち、原判決添付の別紙物品購入明細表の消耗品欄第三行目(昭和四八年五月一六日、金三、九四〇円)及び薬品欄第一行目(同年四月二三日、金四九〇円)、第三行目(同年五月四日、金七六〇円)、第四行目(同年五月九日、金八一〇円)各記載の出捐については、これを認めるに足る的確な証拠はない。(もつとも、甲第一四号証の一一は、ヒカリ薬局発行の金四九〇円の領収書であり、被控訴人は、これを前記物品購入明細表の薬品欄第一行目記載の金四九〇円の出捐を証明する証拠として提出したものとみられるが、その発行日付は、昭和四七年四月二〇日であつて、昭和四八年に締結された本件契約に基く出捐とは全く関係のないものであることが明白であるから、本件に関する証拠として採択することはできない。)

さらに、被控訴人は、昭和四八年二月五日頃から同年三月二五日頃までの間に被控訴人代表者らが控訴人方へ出張した交通費合計金四万九、六八〇円をも損害金として請求しているが、原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、右主張の交通費は、本件特許発明を聞知した被控訴人代表者が、その内容を確認するために控訴人方へ赴いた際の交通費であつて、本件契約の成否にかかわりなく、当然に要した費用であることが認められるから、被控訴人主張の交通費は、本件契約が無効であることとの間に相当因果関係のある損害ということはできない。

四 以上のとおりであつて、控訴人は被控訴人に対し、不当利得金一一〇万円と損害金一〇六万二、五五〇円の合計金二一六万二、五五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四九年一月一五日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるが、被控訴人のその余の請求は失当である。

五 そうすると、原判決中、被控訴人の本訴請求の一部、すなわち不当利得金一一〇万円及びこれに対する昭和四九年一月一五日以降完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払請求を認容した部分は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、原判決中、被控訴人のその余の請求を棄却した部分は、前記四によりその請求を認容すべき限度において失当であり、被控訴人の本件附帯控訴は、一部理由があるから、その限度において原判決を変更する。

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